A Day in the Theatre

昨日は世田谷パブリックシアターの誕生日でした。毎年この日は「A Day in the Theatre(デイ・イン・ザ・シアター)」という1日限りのワークショップをやっています。私も進行役で参加。

大人も子どもも合わせて参加者約35名ほどという大盛況。模造紙18枚を繋げて、そこに全員で大きな絵を描きました。大っきい絵を描くって、それだけでワクワクします。
後は、バケツリレーをやったり(水ではなく、バケツでボールを運ぶ)、17周年にちなんで17文字の文章を作ったり(俳句あり、川柳あり、文字数だけあってるのもあり)。
もちろんそこから演劇をつくりました。

普段は演劇でいろんなことを考える活動をしていますが、思いっきり遊ぶことも大切!なんて思った日でした。

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世田谷区立小学校 4年生(歌からオリジナルの物語をつくる)

世田谷区立小学校 4年生(2月中旬・3月上旬)
2時限×2日間(3クラス_世田谷パブリックシアター事業)

1日目
1時間目
「1」「2」しか言わずに口げんかゲーム
問題の順番に並び替えをするゲーム
身体でものの形を表現する
場所を表現する

2時間目
昔話の1場面をからだだけを使ってやる
「サトゥ」「ドゥワ」「ティガ」(インドネシア語の123)だけを使って昔話を演劇にする

2日目
1時間目
上履き積み上げ競争
「痛い」「怒り」「忘れものした!」などの言葉を聞いて、その時の様子を身体でやる。ただし、止まっている
6人組になり、「あ、危ない!」という瞬間の場面を作る(止まっている)

2時間目
「怪獣のバラード(岡田冨美子・東海林修)」の歌の1場面を身体で表現する
怪獣が、砂漠からA地点に行き、その後海に行く物語を考えて演劇にする
発表

こーたのふりかえり

世田谷パブリックシアターでの事業の1つであるが、4年生と一緒に、しかも学芸会と関係なく活動するのは少ないので、ここに取り上げた。この小学校では、昨年、つまり児童が3年生だった時にも私に会い、演劇的な活動をした。しかしその時は、学芸会の前、1回2時間だけの活動だった。どちらかといえば「演劇的な活動への導入」という意味合いが強かったと思う。しかし今回は、子どもたちの発想を豊かするような表現活動をやりたいという先生の希望で行われた。
事前に、先生と打合せをすることもするが、学校のHPをのぞくこともある。するとそこに「怪獣のバラード(作詞:岡田冨美子/作曲:東海林修を唄った」とあった。4年生だけと言うわけではなく、全学年で唄ったらしい。「怪獣のバラード?」私はすぐに検索した。すると歌詞や歌の載せた音楽がネット上に見つかった。どうやら、NHKで流れていた曲らしかった。歌詞は

怪獣が砂漠に住んでいるのだが、人を愛したい、海が見たいと、砂漠から旅経つ

という内容である。なにやら、演劇に限らず、物語の始まりを予感させるような歌詞であった。「ならば!」と物語の続きを児童に考えてもらおうというのが最初の私のコンセプトであった。

1日目は、昨年(3年生の時)もやったことだが、身体でものの形や場所を表現することをやった。昨年、この学校の4年生にデタラメ語(ジブリッシュ)で昔話を演劇にしたのを先生が見ていて、あんなことがやりたいんです、とお願いされたので、最初のゲームに取り入れた。
まず二人組になり、1番と2番を決める。1番の人は1、2番の人は2しか言わずに、そして相手に振れることなく、ケンカをするように言う。最初はよく分からないが、1と2しか言わなくても表現できることに子どもたちは気付き、あちらこちらで1と2のケンカが始まる。続いてone、twoで、喜びあう、サトゥ、ドゥワ、ティガ(インドネシア語の123)で、何か会話を即興でする、ということをやった。前に出て発表するとなると堅くなるが、クラスが同時にやるので、注目されることもなく、しかも馬鹿馬鹿しいことが出来るので、とてもリラックスしながら、豊かな表現で楽しみながらやっていた。

2時間目は、昔話の1場面を身体だけを使ってやってもらうことにした。ただ「やって下さい」というと難しく、前に出てやりたがらないものだが、3匹の子ブタの2匹目の木の家が吹き飛ばされるところ、浦島太郎がおじいさんになるところ、シンデレラで魔法使いがカボチャを馬車にするところ、など、違う場面を当てっこすることにした。
1回目の発表も盛り上がったが、さらにサトゥ、ドゥワ、ティガしか喋らずに、むしろその言葉は積極的に使って、物語の場面をもう一度やってもらった。4年生の3学期くらいになると、恥ずかしいという気持ちが楽しい気持ちを上回ってくる頃だが、どのグループも楽しみながら演劇をやっていた。

私は時々、このようなゲームというか演劇づくりをしている。私は在日ペルー人の人たちと演劇をつくっていたり、海外でワークショップをしたり演劇を見たりすることも少なくない。その時に思うのだが、言葉が分からなくても、面白いものと面白くないものに分かれる。まちの中の様子をみても、あの人は怒ってるとか、あの人は悲しんでるとか、なんとなく分かるのだ。これは誰でも経験のあることだと思う。演劇では言葉も大切だが、言葉だけではない。その人が発しているオーラみたいなものを私たちは感じ取って、それを受け止めているのだ。
外国人と接する機会が多い私は、子どもたちに、外国人だからといって特別な目で見て欲しくないと思う。もちろん、困っている時には助けてあげたいし、危険な目にあいそうになったら逃げる(戦う?)必要はある。しかし、全ての人がそうではないし、フィルターを通した目で見ると、その奥にある真実を見誤ってしまうこともあるのだ。だから、いろんな言葉があることや、言葉は分からなくても伝わることはある、自分が外国で困ったら、日本語でも良いから訴え続ければ伝わることは必ずある、と雑談のように話すことがある。こんなことをきっかけに、世界に目が向けられると良いな、といつも思っている。

話がそれたが、とにかく、楽しいことを子どもたちとやろうと思って、こんな演劇活動をしている。

そして2日目である。怪獣のバラードを唄って、とお願いしたら、すぐに唄ってくれた。そして、先に言ってしまうが、怪獣のバラードに親しんでいる児童たちは、そこから始まる演劇をものすごく楽しんでいた。世田谷パブリックシアターのワークショップ巡回団は、オーダーメイドを唄っている。その学校やクラスに則した活動をなるべくやりたいと思っている。もちろん当日フタを開けてみてからゲームをかえるというような、臨機応変なことも含まれてはいるのだが、準備段階として、学校やクラスに関わりの深いテーマや題材を選んで活動するようにしている。他の学校生活や学校での活動にリンクしていた方が、小学生は入りやすいし楽しめる要素が多いと思うからだ。

歌詞には「怪獣は愛と海のあるところに向う」と唄っている。そこで「愛と海のある場所」を6人程度のグループでつくってもらった。怪獣、愛、海を表すものが必要だが、何と決まっているわけではないから、そこを子どもたちが考える。一人で怪獣をつくっても良いし、複数人で怪獣をつくっても良い。波をやっても良いし、船や泳いでいる人で海を表現しても良い。愛といっても、ロマンチックなものから家族愛みたいなものもある。怪獣が誰かを愛していてもよいし、全然違う人が愛を表現していても良い。まず、その場面を止まった形でつくってもらうことにした。

最近いろいろな場所で「静止画」「ストップモーション」と言われ、身体を止めて、写真のようなものをつくることはやられている。止まっているから簡単なように思えるが、実は私は難しい活動だと思う。小学生などは止まっていることが難しい。しかし、細かい部分を見ることや、ある基点になることは確かなので、この活動をやってみた。ここに行き着くために、まず「危ない!」場面を6人でつくるゲームを導入としてやった。
車に引かれそうな場面、銀行強盗の場面、転びそうな場面、ボールがぶつかりそうな場面、と、様々な場面が出てきた。また、その続きで、愛と海のある場所も、オリジナリティあふれる場面ができ上がった。

今度は、砂漠から、今つくった「愛と海のあるところ」にたどり着くような物語を作ってもらうことにした。しかし、ただつくってと言っても難しいと思ったので、小さい紙に雪山、サーカス、地獄、火事の現場、などと書かれた紙を、他のグループに分からないように配り、紙の場所で何かをしてから海に行くというルールを決めた。
これまた、児童たちは楽しんでやっていた。そして発想豊かな演劇がいくつもでき上がった。怪獣が火事を消して海に行ったり、怪獣が雪山に行き雪男を助けたり、地獄に落ちた人を助けたり、本当に楽しい場面がいくつもでき上がった。

おそらくだが、今年、4年生の時だけで、この活動をやろうとしたら難しかったかもしれない。3年生からの続き、また演劇に対して抵抗なく取り組めるような気持ちが最初からあったからこそ出来た活動だと思う。他の学校でもそうだが、複数年続けていくと、例えそれが2時間ずつだとしても、やれることがとても増える。身体で表現することの楽しさを1から感じで貰うようにするのと、「ああ、あれね」といってすぐに始めるのでは明らかに違う。今後も出来るなら続けていきたいし、低学年だけでなく、高学年中学校でも継続して活動したいと説に願っている。

世田谷区立小学校 1年生(アサガオの成長の演劇)

世田谷区立小学校 1年生(9月下旬~10月下旬)
1時間~2時間×8日(1クラス_単学級_計12時限_世田谷パブリックシアター事業)
目標:自分たちのアサガオを育てた経験を演劇にして、近くの高齢者介護施設で発表する

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1日目
1時間目
クラス全員で「赤は止まる、青は歩く、紫はジャンプ、ピンクは犬の真似」などを決め、進行役の合図でその動きをする(時々ミックス)
全身でグーチョキパーの形をつくり、全身ジャンケン(個人戦)
全身ジャンケン(クラスを4グループ_10人弱_に分ける団体戦)

2時間目
身体を使ってものの形を表現する活動
一人で、二人で、三人で、六人でと、だんだん増やしていく
最後に自分たちが夏に育てたアサガオの一生をグループで表現する

2日目1時間
アサガオを育てた時に思ったこと、発見したことなどを紙に書く
似た意見の人同士が集まって(例:芽が出ること、花が咲くこと、ツルのこと、等)
どんな風に発表したいかの相談を始める

3日目1時間
進行役が桃太郎の話を題材に、いろいろなやり方を紹介す
演劇にする(動いてみる、セリフを言う、ナレーションをする)、歌をうたう、
身体だけで表現する(桃から桃太郎が出てくる)、大きな紙を使う、ペープサートにする、など
その後、グループに分かれて発表のやり方を考える

4日目
1時間目
グループ毎に相談する(練習する)

2時間目
クラスで発表して、クラスメートに見てもらい、意見交換

5日目1時間
全体で唄う歌、「アサガオのうた(小黒恵子・湯山昭)」の紹介
もう一度見合う
全体の構成の話

6日目
1時間目
グループ練習
全体の構成の練習(始めの言葉、終わりの言葉、全員の歌など)

2時間目
最初から最後まで通してやってみる

7日目
1時間目
リハーサル及び小返し(歌の練習、グループ練習)

2時間目
給食を挟んで、介護施設に行き、発表

8日目1時間
教室にてふりかえり

こーたのふりかえり

「1年生たちと学習に演劇を活かしたいんです。特に今年の受け持ちの1年生は、工夫をして表現することが苦手なんです。以前持った学年は、アイディアマンがいっぱいで、劇の発表も大作になったのですが、今年の1年生は、絵を描いたり詩を書いたりするのは得意なんですが、声を出したり身体で表現したりすることが苦手なんです」
そういう先生の声から、この活動は始まった。現在は退職されたが、生活科教育研究会の副会長もされていた宮眞由美先生を担任の先生はご存知で、以前私とやった「自分で育てた生きものを図鑑にして、それを身体で表現してみよう」というような活動をご自身でも遣りたい、という思いもあった。第20回生活科教育研究会全国大会参照

最初は具体的な発表の場もなかったが「クラス内での発表だけでなく、親御さんでも他の学年でも良いので、誰か見せる相手がいた方が良い」という話になり、1学期にも訪れたことのある高齢者介護施設での発表が決まった。
当初は発表まで含めて5回(5日間)の予定で進めていったが、子どもたちの作る劇をみていて、もう少し練習が必要であると(つまり良いものを見せたいという欲が出てきた)いうことと、施設と学校の都合で、4回目から発表までに少し間が空いてしまうので、その間に少しでも良いから練習したい、という先生や私の希望があり、また、終わった後にふりかえりをすることも大切だということにもなり、最終的に8日間12時限になってしまった。

最初の1時間は前出の松丘小学校と同じ内容である。2日目は言葉を出してもらった。身体で表現すると、それで出来ることもあるが、落ちてしまうこともあるので、メモという意味も含めて、まず言葉に残しておくことが大切だと考えたからである。例えば、全員で花の咲くところをやると、それはダイナミックで面白いことだが、「なかなか咲かないな、早く咲いて!」という気持ちや、「いろんな色があるな」「ツルばっかり伸びてる」「ラッパみたいな形だった」と思ったことを伝えにくい。そこでそのようなことを書いてもらった。「30も花が咲いた」と自慢するような声も聞けたのは良かった。
しかし、いざグループで発表を考えるとなると、最初に先生が心配していたように、あまり具体的な方法を考えられなかった。もちろん、1日目にやった身体で表現するということをやってくれれば良いのだが、そこに言葉や、自分たちが伝えたいことを折り込んでいくのが、1年生には難しかったのである。先生も休み時間や朝や帰りの時間に、表現方法についていくつか説明したらしいが、1年生にはピンときていないらしい。そこで、私は桃太郎を題材に、さまざまなことを1年生とやることにした。
例えば、私が「おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から大きな桃が流れてきました」というナレーションをして、それに合わせて、何人かの児童におばあさん役、桃役をやってもらい、言葉に合わせて動いてもらった。同じことを、今度はナレーションなしでやってみた。すると子どもはすぐに「ドンブラコ、ドンブラコ」と言い始めるし、おばあさんは「おや、大きな桃が流れてくる」と言って桃を拾ったりする。また大きな桃を絵に描いて、それが流れてくることをやったりもした。
桃太郎の歌を全員で唄いながら、それに合わせて何人かに、桃太郎、犬の役をやってもらって、折り紙で作ったきびだんごを渡すシーンをやってもらった。それもまた、歌ではなく、セリフでやってみたりもした。

子どもたちは、当たり前だが引き出しが少ない。そこで、直接的に「こんなアイディアがあるよ!」と言って指導することも出来るが、時間はかかるし遠回りではあるが、他の題材で紹介した方法を、自分たちなりにアレンジして挑戦してもらうことに、私はこのような活動の意味があると思っている。児童は

・緑色の縄跳びでツルを表現
・画用紙に蔓の伸びていく様子を描いて、それをつぎ足すことで成長を見せる
・ペープサートでアサガオがいっぱい咲くところを表現
・となりのトトロの替え歌で、アサガオが咲くところをやる
・身体全部で花が咲き、種ができ、種がはじけるところをやる

というように、様々な方法で自分たちのアサガオの観察を表現した。

全体を一つにまとめたいということで、歌を唄うという案が、私と先生の間で途中から出てきた。別な歌をアサガオの替え歌にするということも考えたが、これは既にグループでやっている。まどみちおの「アサガオ」という詩を、群読むの形でやることも考えたが、少し難しいかもしれないということになった。そこで私が小黒恵子作詞・湯山昭作曲の「あさがおのうた」というのを見つけたので紹介した。しかし、CDで見つけたわけではなく、インターネットでも唄っている音楽は見つからなかったので、楽譜を先生に渡し、音楽の先生に引いてもらい、CDにしてもらった。それを皆で唄うことにした。
また、始めの言葉や終わりの言葉などで役割を与えることで、1年生には自信に繋がるという考えから、そのような構成になった。

高齢者介護施設での発表ということもあり、「分かりやすい」必要があると先生は感じていた。子どもたちが楽しく表現することはもちろんであるが、やはり「分かりやすい」つまり「伝わる」ことは大切だと思う。だからといって子どもたちの考えた表現をなくしてしまうのではなく、やりたいことは何なのか、伝えたいことは何なのか、それはどうやれば良いのかを、子どもたちと丁寧につくっていった。
その結果、花が咲いた時に、施設利用者さんたちから「おー」っという歓声があがった。あの瞬間は、私もとても嬉しかった。

発表会が終わればおわり、というのだと、1年生たちも何を自分たちがやったのか客観視できずに、「楽しかった」という思い出にしかならないので、自分たちの発表のビデオを見、そのあとふりかえりをする時間を設けた。子どもたちからは、

・グループの中でケンカしなければ良かった
・ペープサートをもっと大きくすれば良かった
・グループがひとつになって、劇づくり、発表が出来た
・ふざけなければ良かった
・他のグループの発表を見られるようになった
・他のグループを見て、良いところをたくさん発見できた
・本番はふざけなくなった
・最初は小さい声だったけど、練習して大きな声になった

と様々な意見がでてきた。劇づくりは、表現のこと、アサガオのことはもちろんだが、他にも多くのことを学習市営区活動だと、私は改めて感じた。

世田谷区立松丘小学校 1年生(絵本を演劇に)

世田谷区立松丘小学校 1年生(2014年1月)
2時間×3日間(2クラス_他2クラスは大久保慎太郎さんが進行、世田谷パブリックシアター事業)

1日目
1時間目
クラス全員で「赤は止まる、青は歩く、紫はジャンプ、ピンクは犬の真似」などを決め、進行役の合図でその動きをする(時々ミックス)
全身でグーチョキパーの形をつくり、全身ジャンケン(個人戦)
全身ジャンケン(クラスを4グループ_10人弱_に分ける団体戦)
2時間目
身体を使ってものの形を表現する活動
一人で、二人で、三人で、六人でと、だんだん増やしていく
最後に自分たちが夏に育てたアサガオの一生をグループで表現する

2日目
1時間目
上履きの高く積み上げ競争(4グループ)
身体でものの形をつくることの復習
2時間目
「ゾウの鼻はなぜ長い?(キップリング)」の話を聞いてもらう
物語の一部分を児童たちが演劇にする

3日目
1時間目
「マジックアップル(レイナー・サセックス)」の絵本の読み聞かせ
お話の思いだし(場面を7つ程度出してもらう)
グループに分かれ、どの場面をやりたいかを決める
2時間目
グループで担当の場面を演劇にする
中間発表(物語の順番ではない。やりたいグループからやり、観ていた人に感想をもらう)
つくりなおし(練習をもう一度やる)
物語の順番に発表をしていく

 

こーたの思ったこと

世田谷パブリックシアターでは「かなりゴキゲンなワークショップ巡回団」と銘打って、2003年から世田谷区内の小中学校で年間を通じて出張ワークショップ活動を行っている。劇場と年間契約している進行役(年間契約ファシリテータ)は今年度は5人で、基本的にはその5人で小中学校に出張してワークショップを行う。時には一人、時には複数人で進行をする。延べ250回以上行っている。小学校低学年からの依頼が多く、中でも、1回(2時限)だけや、多くても3回(6時限程度)のワークショップを行うことがほとんどである(学芸会などで一緒に活動する場合は10回以上になることもある)。

ここに記した進行は、ある意味、私の小学校1・2年生向けの典型的なワークショップの進め方なので、代表してあげさせてもらった。1回の場合は1日目の内容、2回の場合は2日目までの内容になる。学校は、クラスごとに差ができることを好まないので、同時に2クラス並行でやることも多く、そのような時は世田谷パブリックシアターの年間契約ファシリテータが同時に別の場所(教室や多目的室など)で同時に同じような内容のワークショップを行う。この時は大久保慎太郎さんが別のクラスを担当した(内容はほぼ同じである)。

プログラムは、ゲームのようなことから始めるが、「自分たちで決めたルールを守る」「一人で考える」「相談しながら考える」「頭と身体をつかう」など、様々なことが盛り込まれている。

2日目の「ゾウの鼻はなぜ長い」は、絵本を読むのではなく、私がお父さんやお母さん、主役の子どものゾウ、ワニなどの役を全部やりながら進めていく。最後にワニが鼻の短い子どものゾウの鼻に噛みつき、伸ばしてしまうという話である。

児童たちは、絵もないのに、私の話を真剣に聞いてくれるし、ワニに食べられそうになるところなどは、ドキドキしながら「行っちゃダメだよ」「あぶない!」と言ったりする。物語にのめり込んでくれるので、私の俳優としての(?)楽しい時間でもある。実は、以前、3年生の早い時期(5月か6月)にこの話をしたのだが、それほど児童たちは楽しめなかった様子であった。このプログラムは2年生までにしている。

最後には、5~6人程度のグループになり、「鼻が短いが伸びる」ゾウをつくってもらう。そして私がワニになって、パクリと噛みつき、鼻が伸びる、という場面を児童たちと一緒にやるのだ。児童たちはいつでも楽しそうにこの活動をやっている。

3日目はもうゲームなどはやらないようにしている。なぜなら、劇をつくって、作り直しというか、最後の発表会の前に一度中間発表をして出来なかったところをもう一度練習する時間を取りたいからだ。

「マジックアップル」はたまたま見つけた絵本であるが、とても気に入っている。話も面白いのだが、短い時間で児童たちが演劇にするのに丁度いい場面数、ストーリー展開だと思うからだ。物語をいくつかに分けて、最終的にはクラスで一つの物語の演劇をやるというのが、私はとても良い活動だと思う。

ワークショップには、当たりや外れ、正解不正解というものはないので、どんなことをやっても良いと思うが、1つの同じことを、全部のグループがやるというより、違うことをやるのだが、それが一つに繋がっている方が、児童たちにとっては嬉しいことなのだと思う。

例えば、1日目の最後には花(今回はアサガオだったが)を5~6人のグループで、種から芽が出て、ツルが伸びて、つぼみが出来て、花が咲いて、枯れて、また種ができる、という活動をやる。1グループ5~6人だから、クラスにもよるが4~7グループ程度花を咲かせることになる。「違いを楽しむ」という意味では楽しいことだが、小学校低学年などでは真似をしたわけではないのに「真似した」と思うことも多く、また「真似した」と言ってしまいケンカになることもある。「真似した」とは言わないなりにも、「似てるな」とか「自分たちより面白い」のように、同じ活動をすることで優劣を心の中でつけてしまう。

それは花でなくても同じである。例えば、三匹の子ブタで「もし4匹目の豚がいたら、オオカミが入ってこれないような、どんな家を考える?」という投げ掛けをすることがあるとしよう。いろいろなアイディアが出てくる児童だったら良いが、なかなか出てこない子もいる。また、同じような発想をして「真似した」問題が浮上することもある。童話は物語の中で何回か同じようなことを繰り返すことが多い。3枚のお札にしても、ネズミの嫁入りにしても、マッチ売りの少女にしても。繰り返しの面白さはあるが、その発想を楽しむには時間がかかるような気がするのだ。

話が横にそれたが、とにかく私はこの「マジックアップル」を気に入っている。最初の発表は、場面を演劇に出来たグループからやってもらい、観ていた人に良かった点、分かりにくかった点、アドバイス等を言ってもらう。次々と意見は出てくるのだが「もう少しセリフを増やした方が良い」「怖い顔をした方が良い」というような厳しい意見も出てくる。基本的には出てきた意見を参考にしてもらうことにするが、単純に練習不足で出来なかったグループにも厳しい指摘が飛ぶこともあるので、そんな時は「本当は今の意見のようにやりたいと思っているんだけど、ちょっと練習時間が足りなかったんだよね」とどちらの意見も否定しないように心がけ、もう一度練習し発表するチャンスを設けるようにしている。

この中間発表は時間がかかる。一つ一つのグループを丁寧に見て、意見を求めるからだ。完璧を最初から求めないので、自信のある、またはやりたいグループからやってもらうことにしている。早くやりたい、自信のあるグループは、他のグループが見ても参考になることが多いからだ。

ただ、最後の発表は、物語の通りに進むことにしている。演劇になっていない場面や、絵本なので、繋ぎのナレーター的な役割を私がやり、演劇の部分は児童たちだけで行うようにしている。

昨年ではあるが、この活動を2年生の3学期にやったところ、1年生から続けて担任していた先生が「成長したなぁ」と感じ、泣いてしまって、児童たちに感想を言ってあげられないことがあった。おそらくだが、先生方は、こんな演劇は出来ないと思っているし、やろうと考えることもないと思う。しかし、私は何年もこの活動をやっていて、児童たちにはやれる力があることを信じている。そして、毎回素晴らしい作品になっているので、毎回驚いているのである。

松丘小学校へのリンク(活動の様子のリンク)
1日目

海城学園 中学2年生(人生の先輩に話を聞いて演劇に)

海城学園 中学2年生(5月下旬~6月下旬)
2時限×3日(8クラス)

1日目
1時間目
クラスメートのことをもう少し互いに知る為のゲーム
身体を使って、物や場所を表現する導入(演劇のはじまり)
2時間目
7人程度のグループに分かれる
A4の紙1枚程度の1人称で書かれたテキストを渡し、グループでそのテキストを身体や言葉を使いながら、他の観ている人に伝える

2日目
1時間目
7人程度のグループに分かれ、卒業生や近所の方に「仕事」についての話を聞く
録音はしないでメモを取る
2時間目
うかがった話を、お話して下さった方の言葉で、一人称で書き起こす(聞き書き)数人の生徒に、書いたところまでの聞き書きを読んでもらう

3日目
1時間目
グループに分かれ、聞き書きを持ち寄り、全員の聞き書きを参考にしながら(全ての部分を使う必要はない)演劇にしていく
2時間目
発表と、生徒及び見てくれた被取材者の方の感想

 

こーたのふりかえり

2010年からこの活動が始まったが、毎年はっとさせられる聞き書きに出会う。まだ中学2年生の彼らは、大人と話す機会は多くない。あっても、親類、先生、塾の先生程度であろう。そんな生徒たちが、仕事(編集、フォトグラファー、俳優、弁護士、商店店主など多岐にわたる)の話や、卒業生の方から戦時中の話を聞いたりする。男子であるにも関わらず、女性の方は仕事を続ける上での女性ならではの辛さなどを話して下さる。そのことが既に刺激的な事であるが、生徒たちはしっかりと受け止め、それを「聞き書き」というものに言葉で起こし、さらには内容を反すうしながら、何を受け止めたのか、何をグループ以外のクラスメートに伝えるのかを考えながら、演劇をつくっていく。

演劇というと、とかく「表現すること」に焦点が当てられがちだが、演劇をつくる過程では彼らは、仕事の内容のみならず、人となりや価値観も受け止め、また、グループ作業をしている時には、グループのメンバーの思いや考えを受け止めながら活動をしている。「受け止めること」は「表現すること」と同じように演劇にとっては重要な要素だ。そして、お話して下さった方に敬意を払い、何を受け止めたかを表現することによって返していく。

卒業生のみならず、お話をして下さる20代~80代までの人生の先輩たちは、「楽しい時間でした」「しっかりと受け止めてくれていますね」と喜んで下さる。生徒たちも「戦争のことを聞けて良かった」「劇を作るのは難しかったけど、与えられた物ではなく、自分たちで全部考え、それが演劇になって良かった。こんな事が出来るんだと思った」と、話を聞くことや演劇づくりの過程で他者を受け止めることを発見していく。

正直、とても速いスピードで劇づくりから発表まで行っているため、生徒たちには慌ただしい活動だと思う。しかし、活動の中のどれも外すことは出来ないし、かといって時間を際限なく延ばすことも出来ない。この時間との戦いと、時間が短いからこその「演劇」の活かし方、よりよい発表にするための仕掛けを考える必要があると思う。スピードアップすることを考えないで、ゆるやかに、もっと深く、自分や他者のことを考える時間を取ることを考えたい。

 

海城学園へのリンク(活動の様子のリンク)
1日目
2日目
3日目