路上演劇祭Japan2014

今年も路上演劇祭Japanやります!
僕は、毎年のことながら、Cerro Huachipaという日本人と在日ペルー人の仲間でつくった演劇グループで参加します。

時間は未定ですが、5/18(日)にやります。
今回は、日本に住んでいる、あるペルー人家族が震災の時にどうだったのか、そいういう話です。
お誘い合わせの上、来て下さい。

見物無料、5/17〜18両日、私たち以外にも、いろいろなグループが演劇や音楽などをやります。

calle2014

 

不登校の子どもたちが通う学校にて

ほっとスクール 小学校高学年~中学生(6月上旬、11月中旬)

1時間 × 2日間(学校全体_世田谷パブリックシアター事業)

1日目
輪になって自己紹介をする
(名前、好きなもの、嫌いなものなど、子どもたちも私たちも同様に)
全員でいろいろな順番に並び替えをする
(名前の五十音順、背の順、誕生日順、寝た時刻順)
ブラインドカー
ブラインド・ファインド・ハンド
新聞紙を使ったリレー

2日目
鉛筆のダンス
熊がきた
だるまさんが転んだ
Give me a Shape
ことわざを身体で表現する
「危ない瞬間」を数人でストップモーションで表現
数人で俳句の風景を身体で表現する

こーたのふりかえり

世田谷区には「ほっとスクール」という名前の適応指導教室があります。

心理的理由等により不登校の状態にある児童・生徒が、体験活動やスポーツなどの小集団生活を通して、社会性や協調性を育み自立心を養い、学校生活への復帰や自分の進路の実現をめざします。学校とは違い、学年分けやクラス分けはありません。小学生・中学生が一緒に活動を行います。午前は「学習の時間」として、一人ひとりの子どもの進度に合わせ、個別学習に取り組みます。午後は「活動の時間」として、スポーツや読書など、自分のペースで活動します(世田谷区HPより)。

その中の午後の時間に、演劇的な活動を取り入れた授業を行いました。少し時期は離れていますが、1時間の授業を2回行えました。

不登校の子どもたちが集まる教室だったので、いつも以上にナーバスになっていたのは確かです。でも、子ども同士というか、同じ学年のクラスメイトが集まる教室ではないので、心配していたほどには私たちを拒んでいる漢字ではありませんでした。

それでも最初は「誰だ?演劇?何をやらされるんだ?」という感じで緊張していましたが(もちろん私も)好きなもの、苦手なもの等を話していくうちに、だんだんと解れていきました。普段は人前で話すことや自分自身のことを話すことにかなり抵抗があるようですが、ゲームで、私たち大人も同じ立ち位置で、呼んで欲しい名前、好きなもの、苦手なものなどを言っていくことで、抵抗が薄れていったのだと思います。
お互いのことを干渉しないことで成立する関係性を作りがちですが、この日は、知り合う(干渉する)ことで関係性を作っていこうと私は心がけながら進行していきました。
人数の多いクラスなどでは「早並び」と呼んでいる並び替えのゲームをよく行います。これは互いを知ることゲームの一つですが、競争の要素が強く、ほっとスクールには適さないと感じたので、全員でゆっくりと並び替えをするゲームをやりました。同じようなゲームでも、人や場所が変わることで、種類を少しずつ変えていきます。

また、からにこもりがちになると(私が勝手に)思っていたので、言葉を使わないで人を信頼するゲームをやりたいと思っていました。そこでブラインドカーを行ったのです。二人組になり、一人が目をつぶって歩いて、その人の後ろにもう一人が目を開けたままついていき、危ない時だけ止めて方向を変えてあげる、というゲームです。単純なゲームですが、そしてあえて言葉では言いませんが、少しずつ場の仲間と関係を築いていけたと思います。
そして続けてパートナーの手を当てるゲームをしました。二列に並んで、横の人と握手をします。その手を片方の列の人は目をつぶったまま覚えておき、スタートの合図で、目をつぶった人はそのまま手を出しておいて、もう片方の列の人が、パートナーや他の人と次々に握手をしていきます。「この人が自分のパートナーだ!」と思った時には、握手した手を離さないようにします。最初は子どもたちは「出来ないよ~」と言っていましたが、ほとんどの子どもがパートナーを当てられました。パートナーを探し当てることは嬉しいし、外れても楽しいし、こうやって手を触れあうことも出来ていくことで、また他人との距離が短くなったり、距離感を計れるようになっていくのだなぁ、とこの時思いました。

5ヶ月ほど経ってからもう一度時間を頂けました。前回と違って最初から笑顔を見せてくれましたし、初めて会う子もいましたが、前回参加した子どもに様子を聞いたからか、楽しみにしていたようです。
今回は、教室のスタッフ(先生)とも話して、より演劇的なことに挑戦しよう!ということになりました。演劇的な作業をするということは、表現すること、つまり見られることもありますが、グループで相談するという作業が入ってくるので、ほっとスクールの子どもたちには良い活動になるのではないか、と私たちで相談して決めました。
しかし小学校高学年~中学生で、男子生徒もいますし、いわゆる学芸会的な演劇は楽しまないと思います。私も楽しくありません。そこで「表現する」「セリフを覚えて、大きな声で言う」みたいなことを排除してやろうと考えました。
最初は二人組で、「犬もあるけば棒に当たる」「ネコに小判」といったことわざをやりました。全員同時にやっているので抵抗はないようでした。そこから発展して、「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」「古池や蛙飛び込む水の音」というような有名な俳句を身体で表現してみました。どの子どもも楽しそうに、積極的に活動していました。

実は、始まる前先生は「俳句は難しいのではないか、表現することを拒んでしまうのではないか」と心配していました。しかし、終わった後先生は「やれば出来るんですね~」と嬉しそうに語ってくれたのが印象的でした。先生達は、子どもたちは普段は「怖がってやらないだろう」という不安から、いろいろやらないことが多いようだ。例えば競争するゲームなどはあまりやらないそうです。でも、私たちのような学校ではない外部の人間が「刺激」を与えることで、子どもたちの別な面、新たな可能性が先生にも見えたようだ。そのことに大きな意味があると思うのです。
子どもたちの心を解放していったり、関係性を創り上げたり、成長するのを手助けしたり、そういった直接的な意味も多分にある活動ですが、毎日子どもたちと付き合っている先生たちに、子どもたちの違う面が見え、先生たちがナーバスになりがちな活動も実は有効であるということを発見できる、そいういった意味でも充実した授業だったのではないかと感じます。

A Day in the Theatre

昨日は世田谷パブリックシアターの誕生日でした。毎年この日は「A Day in the Theatre(デイ・イン・ザ・シアター)」という1日限りのワークショップをやっています。私も進行役で参加。

大人も子どもも合わせて参加者約35名ほどという大盛況。模造紙18枚を繋げて、そこに全員で大きな絵を描きました。大っきい絵を描くって、それだけでワクワクします。
後は、バケツリレーをやったり(水ではなく、バケツでボールを運ぶ)、17周年にちなんで17文字の文章を作ったり(俳句あり、川柳あり、文字数だけあってるのもあり)。
もちろんそこから演劇をつくりました。

普段は演劇でいろんなことを考える活動をしていますが、思いっきり遊ぶことも大切!なんて思った日でした。

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世田谷区立小学校 4年生(歌からオリジナルの物語をつくる)

世田谷区立小学校 4年生(2月中旬・3月上旬)
2時限×2日間(3クラス_世田谷パブリックシアター事業)

1日目
1時間目
「1」「2」しか言わずに口げんかゲーム
問題の順番に並び替えをするゲーム
身体でものの形を表現する
場所を表現する

2時間目
昔話の1場面をからだだけを使ってやる
「サトゥ」「ドゥワ」「ティガ」(インドネシア語の123)だけを使って昔話を演劇にする

2日目
1時間目
上履き積み上げ競争
「痛い」「怒り」「忘れものした!」などの言葉を聞いて、その時の様子を身体でやる。ただし、止まっている
6人組になり、「あ、危ない!」という瞬間の場面を作る(止まっている)

2時間目
「怪獣のバラード(岡田冨美子・東海林修)」の歌の1場面を身体で表現する
怪獣が、砂漠からA地点に行き、その後海に行く物語を考えて演劇にする
発表

こーたのふりかえり

世田谷パブリックシアターでの事業の1つであるが、4年生と一緒に、しかも学芸会と関係なく活動するのは少ないので、ここに取り上げた。この小学校では、昨年、つまり児童が3年生だった時にも私に会い、演劇的な活動をした。しかしその時は、学芸会の前、1回2時間だけの活動だった。どちらかといえば「演劇的な活動への導入」という意味合いが強かったと思う。しかし今回は、子どもたちの発想を豊かするような表現活動をやりたいという先生の希望で行われた。
事前に、先生と打合せをすることもするが、学校のHPをのぞくこともある。するとそこに「怪獣のバラード(作詞:岡田冨美子/作曲:東海林修を唄った」とあった。4年生だけと言うわけではなく、全学年で唄ったらしい。「怪獣のバラード?」私はすぐに検索した。すると歌詞や歌の載せた音楽がネット上に見つかった。どうやら、NHKで流れていた曲らしかった。歌詞は

怪獣が砂漠に住んでいるのだが、人を愛したい、海が見たいと、砂漠から旅経つ

という内容である。なにやら、演劇に限らず、物語の始まりを予感させるような歌詞であった。「ならば!」と物語の続きを児童に考えてもらおうというのが最初の私のコンセプトであった。

1日目は、昨年(3年生の時)もやったことだが、身体でものの形や場所を表現することをやった。昨年、この学校の4年生にデタラメ語(ジブリッシュ)で昔話を演劇にしたのを先生が見ていて、あんなことがやりたいんです、とお願いされたので、最初のゲームに取り入れた。
まず二人組になり、1番と2番を決める。1番の人は1、2番の人は2しか言わずに、そして相手に振れることなく、ケンカをするように言う。最初はよく分からないが、1と2しか言わなくても表現できることに子どもたちは気付き、あちらこちらで1と2のケンカが始まる。続いてone、twoで、喜びあう、サトゥ、ドゥワ、ティガ(インドネシア語の123)で、何か会話を即興でする、ということをやった。前に出て発表するとなると堅くなるが、クラスが同時にやるので、注目されることもなく、しかも馬鹿馬鹿しいことが出来るので、とてもリラックスしながら、豊かな表現で楽しみながらやっていた。

2時間目は、昔話の1場面を身体だけを使ってやってもらうことにした。ただ「やって下さい」というと難しく、前に出てやりたがらないものだが、3匹の子ブタの2匹目の木の家が吹き飛ばされるところ、浦島太郎がおじいさんになるところ、シンデレラで魔法使いがカボチャを馬車にするところ、など、違う場面を当てっこすることにした。
1回目の発表も盛り上がったが、さらにサトゥ、ドゥワ、ティガしか喋らずに、むしろその言葉は積極的に使って、物語の場面をもう一度やってもらった。4年生の3学期くらいになると、恥ずかしいという気持ちが楽しい気持ちを上回ってくる頃だが、どのグループも楽しみながら演劇をやっていた。

私は時々、このようなゲームというか演劇づくりをしている。私は在日ペルー人の人たちと演劇をつくっていたり、海外でワークショップをしたり演劇を見たりすることも少なくない。その時に思うのだが、言葉が分からなくても、面白いものと面白くないものに分かれる。まちの中の様子をみても、あの人は怒ってるとか、あの人は悲しんでるとか、なんとなく分かるのだ。これは誰でも経験のあることだと思う。演劇では言葉も大切だが、言葉だけではない。その人が発しているオーラみたいなものを私たちは感じ取って、それを受け止めているのだ。
外国人と接する機会が多い私は、子どもたちに、外国人だからといって特別な目で見て欲しくないと思う。もちろん、困っている時には助けてあげたいし、危険な目にあいそうになったら逃げる(戦う?)必要はある。しかし、全ての人がそうではないし、フィルターを通した目で見ると、その奥にある真実を見誤ってしまうこともあるのだ。だから、いろんな言葉があることや、言葉は分からなくても伝わることはある、自分が外国で困ったら、日本語でも良いから訴え続ければ伝わることは必ずある、と雑談のように話すことがある。こんなことをきっかけに、世界に目が向けられると良いな、といつも思っている。

話がそれたが、とにかく、楽しいことを子どもたちとやろうと思って、こんな演劇活動をしている。

そして2日目である。怪獣のバラードを唄って、とお願いしたら、すぐに唄ってくれた。そして、先に言ってしまうが、怪獣のバラードに親しんでいる児童たちは、そこから始まる演劇をものすごく楽しんでいた。世田谷パブリックシアターのワークショップ巡回団は、オーダーメイドを唄っている。その学校やクラスに則した活動をなるべくやりたいと思っている。もちろん当日フタを開けてみてからゲームをかえるというような、臨機応変なことも含まれてはいるのだが、準備段階として、学校やクラスに関わりの深いテーマや題材を選んで活動するようにしている。他の学校生活や学校での活動にリンクしていた方が、小学生は入りやすいし楽しめる要素が多いと思うからだ。

歌詞には「怪獣は愛と海のあるところに向う」と唄っている。そこで「愛と海のある場所」を6人程度のグループでつくってもらった。怪獣、愛、海を表すものが必要だが、何と決まっているわけではないから、そこを子どもたちが考える。一人で怪獣をつくっても良いし、複数人で怪獣をつくっても良い。波をやっても良いし、船や泳いでいる人で海を表現しても良い。愛といっても、ロマンチックなものから家族愛みたいなものもある。怪獣が誰かを愛していてもよいし、全然違う人が愛を表現していても良い。まず、その場面を止まった形でつくってもらうことにした。

最近いろいろな場所で「静止画」「ストップモーション」と言われ、身体を止めて、写真のようなものをつくることはやられている。止まっているから簡単なように思えるが、実は私は難しい活動だと思う。小学生などは止まっていることが難しい。しかし、細かい部分を見ることや、ある基点になることは確かなので、この活動をやってみた。ここに行き着くために、まず「危ない!」場面を6人でつくるゲームを導入としてやった。
車に引かれそうな場面、銀行強盗の場面、転びそうな場面、ボールがぶつかりそうな場面、と、様々な場面が出てきた。また、その続きで、愛と海のある場所も、オリジナリティあふれる場面ができ上がった。

今度は、砂漠から、今つくった「愛と海のあるところ」にたどり着くような物語を作ってもらうことにした。しかし、ただつくってと言っても難しいと思ったので、小さい紙に雪山、サーカス、地獄、火事の現場、などと書かれた紙を、他のグループに分からないように配り、紙の場所で何かをしてから海に行くというルールを決めた。
これまた、児童たちは楽しんでやっていた。そして発想豊かな演劇がいくつもでき上がった。怪獣が火事を消して海に行ったり、怪獣が雪山に行き雪男を助けたり、地獄に落ちた人を助けたり、本当に楽しい場面がいくつもでき上がった。

おそらくだが、今年、4年生の時だけで、この活動をやろうとしたら難しかったかもしれない。3年生からの続き、また演劇に対して抵抗なく取り組めるような気持ちが最初からあったからこそ出来た活動だと思う。他の学校でもそうだが、複数年続けていくと、例えそれが2時間ずつだとしても、やれることがとても増える。身体で表現することの楽しさを1から感じで貰うようにするのと、「ああ、あれね」といってすぐに始めるのでは明らかに違う。今後も出来るなら続けていきたいし、低学年だけでなく、高学年中学校でも継続して活動したいと説に願っている。

世田谷区立小学校 1年生(アサガオの成長の演劇)

世田谷区立小学校 1年生(9月下旬~10月下旬)
1時間~2時間×8日(1クラス_単学級_計12時限_世田谷パブリックシアター事業)
目標:自分たちのアサガオを育てた経験を演劇にして、近くの高齢者介護施設で発表する

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1日目
1時間目
クラス全員で「赤は止まる、青は歩く、紫はジャンプ、ピンクは犬の真似」などを決め、進行役の合図でその動きをする(時々ミックス)
全身でグーチョキパーの形をつくり、全身ジャンケン(個人戦)
全身ジャンケン(クラスを4グループ_10人弱_に分ける団体戦)

2時間目
身体を使ってものの形を表現する活動
一人で、二人で、三人で、六人でと、だんだん増やしていく
最後に自分たちが夏に育てたアサガオの一生をグループで表現する

2日目1時間
アサガオを育てた時に思ったこと、発見したことなどを紙に書く
似た意見の人同士が集まって(例:芽が出ること、花が咲くこと、ツルのこと、等)
どんな風に発表したいかの相談を始める

3日目1時間
進行役が桃太郎の話を題材に、いろいろなやり方を紹介す
演劇にする(動いてみる、セリフを言う、ナレーションをする)、歌をうたう、
身体だけで表現する(桃から桃太郎が出てくる)、大きな紙を使う、ペープサートにする、など
その後、グループに分かれて発表のやり方を考える

4日目
1時間目
グループ毎に相談する(練習する)

2時間目
クラスで発表して、クラスメートに見てもらい、意見交換

5日目1時間
全体で唄う歌、「アサガオのうた(小黒恵子・湯山昭)」の紹介
もう一度見合う
全体の構成の話

6日目
1時間目
グループ練習
全体の構成の練習(始めの言葉、終わりの言葉、全員の歌など)

2時間目
最初から最後まで通してやってみる

7日目
1時間目
リハーサル及び小返し(歌の練習、グループ練習)

2時間目
給食を挟んで、介護施設に行き、発表

8日目1時間
教室にてふりかえり

こーたのふりかえり

「1年生たちと学習に演劇を活かしたいんです。特に今年の受け持ちの1年生は、工夫をして表現することが苦手なんです。以前持った学年は、アイディアマンがいっぱいで、劇の発表も大作になったのですが、今年の1年生は、絵を描いたり詩を書いたりするのは得意なんですが、声を出したり身体で表現したりすることが苦手なんです」
そういう先生の声から、この活動は始まった。現在は退職されたが、生活科教育研究会の副会長もされていた宮眞由美先生を担任の先生はご存知で、以前私とやった「自分で育てた生きものを図鑑にして、それを身体で表現してみよう」というような活動をご自身でも遣りたい、という思いもあった。第20回生活科教育研究会全国大会参照

最初は具体的な発表の場もなかったが「クラス内での発表だけでなく、親御さんでも他の学年でも良いので、誰か見せる相手がいた方が良い」という話になり、1学期にも訪れたことのある高齢者介護施設での発表が決まった。
当初は発表まで含めて5回(5日間)の予定で進めていったが、子どもたちの作る劇をみていて、もう少し練習が必要であると(つまり良いものを見せたいという欲が出てきた)いうことと、施設と学校の都合で、4回目から発表までに少し間が空いてしまうので、その間に少しでも良いから練習したい、という先生や私の希望があり、また、終わった後にふりかえりをすることも大切だということにもなり、最終的に8日間12時限になってしまった。

最初の1時間は前出の松丘小学校と同じ内容である。2日目は言葉を出してもらった。身体で表現すると、それで出来ることもあるが、落ちてしまうこともあるので、メモという意味も含めて、まず言葉に残しておくことが大切だと考えたからである。例えば、全員で花の咲くところをやると、それはダイナミックで面白いことだが、「なかなか咲かないな、早く咲いて!」という気持ちや、「いろんな色があるな」「ツルばっかり伸びてる」「ラッパみたいな形だった」と思ったことを伝えにくい。そこでそのようなことを書いてもらった。「30も花が咲いた」と自慢するような声も聞けたのは良かった。
しかし、いざグループで発表を考えるとなると、最初に先生が心配していたように、あまり具体的な方法を考えられなかった。もちろん、1日目にやった身体で表現するということをやってくれれば良いのだが、そこに言葉や、自分たちが伝えたいことを折り込んでいくのが、1年生には難しかったのである。先生も休み時間や朝や帰りの時間に、表現方法についていくつか説明したらしいが、1年生にはピンときていないらしい。そこで、私は桃太郎を題材に、さまざまなことを1年生とやることにした。
例えば、私が「おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から大きな桃が流れてきました」というナレーションをして、それに合わせて、何人かの児童におばあさん役、桃役をやってもらい、言葉に合わせて動いてもらった。同じことを、今度はナレーションなしでやってみた。すると子どもはすぐに「ドンブラコ、ドンブラコ」と言い始めるし、おばあさんは「おや、大きな桃が流れてくる」と言って桃を拾ったりする。また大きな桃を絵に描いて、それが流れてくることをやったりもした。
桃太郎の歌を全員で唄いながら、それに合わせて何人かに、桃太郎、犬の役をやってもらって、折り紙で作ったきびだんごを渡すシーンをやってもらった。それもまた、歌ではなく、セリフでやってみたりもした。

子どもたちは、当たり前だが引き出しが少ない。そこで、直接的に「こんなアイディアがあるよ!」と言って指導することも出来るが、時間はかかるし遠回りではあるが、他の題材で紹介した方法を、自分たちなりにアレンジして挑戦してもらうことに、私はこのような活動の意味があると思っている。児童は

・緑色の縄跳びでツルを表現
・画用紙に蔓の伸びていく様子を描いて、それをつぎ足すことで成長を見せる
・ペープサートでアサガオがいっぱい咲くところを表現
・となりのトトロの替え歌で、アサガオが咲くところをやる
・身体全部で花が咲き、種ができ、種がはじけるところをやる

というように、様々な方法で自分たちのアサガオの観察を表現した。

全体を一つにまとめたいということで、歌を唄うという案が、私と先生の間で途中から出てきた。別な歌をアサガオの替え歌にするということも考えたが、これは既にグループでやっている。まどみちおの「アサガオ」という詩を、群読むの形でやることも考えたが、少し難しいかもしれないということになった。そこで私が小黒恵子作詞・湯山昭作曲の「あさがおのうた」というのを見つけたので紹介した。しかし、CDで見つけたわけではなく、インターネットでも唄っている音楽は見つからなかったので、楽譜を先生に渡し、音楽の先生に引いてもらい、CDにしてもらった。それを皆で唄うことにした。
また、始めの言葉や終わりの言葉などで役割を与えることで、1年生には自信に繋がるという考えから、そのような構成になった。

高齢者介護施設での発表ということもあり、「分かりやすい」必要があると先生は感じていた。子どもたちが楽しく表現することはもちろんであるが、やはり「分かりやすい」つまり「伝わる」ことは大切だと思う。だからといって子どもたちの考えた表現をなくしてしまうのではなく、やりたいことは何なのか、伝えたいことは何なのか、それはどうやれば良いのかを、子どもたちと丁寧につくっていった。
その結果、花が咲いた時に、施設利用者さんたちから「おー」っという歓声があがった。あの瞬間は、私もとても嬉しかった。

発表会が終わればおわり、というのだと、1年生たちも何を自分たちがやったのか客観視できずに、「楽しかった」という思い出にしかならないので、自分たちの発表のビデオを見、そのあとふりかえりをする時間を設けた。子どもたちからは、

・グループの中でケンカしなければ良かった
・ペープサートをもっと大きくすれば良かった
・グループがひとつになって、劇づくり、発表が出来た
・ふざけなければ良かった
・他のグループの発表を見られるようになった
・他のグループを見て、良いところをたくさん発見できた
・本番はふざけなくなった
・最初は小さい声だったけど、練習して大きな声になった

と様々な意見がでてきた。劇づくりは、表現のこと、アサガオのことはもちろんだが、他にも多くのことを学習市営区活動だと、私は改めて感じた。